2007年01月27日

出撃前夜

§1§



「なんで私は行っちゃ駄目なのよ!」

ソフィアはそう言うと、目の前のテーブルを手で叩いた。

謁見の間を辞したラドリックは、出撃の準備を整える為にBand of lightに戻り、航海士達を集めて指示を出した。そして、その準備が一段落した時点で、ソフィアを船長室に呼んだのだった。

「ソフィア・・・・今回の出撃は今までのようにはいかない。最悪の場合、二度とロンドンの土は踏めないかもしれない・・・・そんな危険な所にお前を連れて行くわけにはいかないんだ」

「何でよ!ケープで海事演習をしたときも、カリブで海賊の掃討戦をした時も、私はずっとお兄ちゃんたちと一緒だった。それなのに、何で今回だけ!」

「考えてみろソフィア・・・演習はあくまで演習、掃討戦は実戦とはいえ、戦闘力ではこちらが上だった。しかし、今回はイスパニアの無敵艦隊の一部が相手だ・・・・とてもじゃないが、お前を守ってやる余裕がないんだ・・・・」

「守ってもらわなくてもいい!私は絶対に」

「ソフィア!わがままを言うな!」

なおも言い募ろうとするソフィアを一喝すると、ラドリックは冷たい声でソフィアに告げた。


「主計長ソフィア・ガーランドの任を解く。今日中にBand of lightから下船するように」

「お兄ちゃん!」

「これは船長命令だ、逆らうのなら力ずくでも下船させるぞ!」

ラドリックの言葉を聞いて、ソフィアの目に涙が浮かぶ・・・そして、ソフィアは無言で踵を返すと、船長室を出て行った。

「ソフィア・・・・わかってくれ・・・・・・」

ラドリックは開いたままのドアを見つめながらそう呟いた・・・・・



§2§




「・・・・なんでよ・・・・お兄ちゃん・・・・・」

船長室を飛び出したあと、Band of lightを下船したソフィアは父の待つ家にも帰らず、夕闇のロンドンを彷徨っていた。いつもは活気のあるロンドンの街中も、「イスパニア艦隊北上す」の報に接して息を潜めているようにソフィアには思えた。

「私はいらないって言うの・・・・・?確かに戦闘では役には立たないけど・・・・・でも・・・・」

広場の噴水の横にあるベンチに腰掛けたソフィアは、俯きながら呟いた。冷たい風がソフィアの身体を撫でていく・・・・・

(・・・・家に帰りたくないな・・・・・)

そう、ソフィアが考えていたその時、ソフィアの方に一人の少女が駆け寄ってきた。少女はソフィアの傍に来ると、手にした買い物籠を持ったまま、ぺこりと頭を下げた。

「ソフィアさんこんばんは!」

その声にソフィアが顔を上げると、その少女は微笑を浮かべながらもう一度頭を下げた。

「あ・・・・マリアちゃん・・・・」

「こんばんは!どうしたんですか?こんなところでぼーっと座っちゃって」

マリアと呼ばれた少女はソフィアの横に腰掛けながら、ソフィアに言った。

「ええ・・・・ちょっとね・・・・・」

「う〜ん・・・何かあったんですかソフィアさん。いつものソフィアさんじゃないですよ?」

「ちょっと・・・・お兄ちゃんと喧嘩しちゃってね」

ソフィアがそう言うと、マリアは目を一杯に見開いた。

「え〜〜!ラドリック船長とソフィアさんが喧嘩?いつもはあんなに仲が良いのに!」

「・・・・・たまにはね」

驚くマリアに寂しそうに微笑みかけながら、ソフィアはポツリと言った。

「お父さんがいつも言ってますよ?ラドリック船長とソフィアさんはほんとに仲が良いって」

「エドが・・・・・?」

「ええ、いつも喧嘩してるように見えるけど、あれはスキンシップなんだって。そうじゃないと、同じ船に四六時中一緒にいてあんなに言い合いをしてたら、ソフィアさんがすぐに船を降りちゃうって。だから、本気で喧嘩することなんて殆ど無いって言ってましたよ?」

「・・・・・・・スキンシップか・・・・・今回もそうなら良いけど・・・」

マリアの言葉にソフィアは一言呟くとため息をついた。その姿を見たマリアが困った顔でソフィアを見る・・・・そして、マリアは何かを思いついたらしく、満面の笑みを浮かべると、ソフィアの手を取って立ち上がった。

「ちょちょ!マリアちゃん何!?」

「こんな所居たら風邪引いちゃいますよ?私と一緒に来てください!」

突然のマリアの行動に驚くソフィアをぐいぐいと引っ張りながら、マリアは歩き始めた。




§3§




「お父さん、お母さん、帰ったよ〜〜」

ソフィアが連れて来られた場所は、エドの家だった。マリアはドアを開けると、大きな声で家の中に呼びかけた。そして、渋るソフィアを中に引っ張り込むと、テーブルに買い物籠を置いた。

「マリア、遅かったじゃねぇか!お前はパンを買いに行くのに一体何時間・・・・って、ソフィア嬢ちゃん!」

マリアの声にテーブルのあるリビングに出てきたエドが見たものは、テーブルの椅子にちょこんと座って俯いてるソフィアの姿だった。

「エド・・・・こんばんは・・・・」

ソフィアは顔を少し上げてエドに挨拶すると、また俯いた。エドは慌てて台所に行くと、妻のルシアの料理の手伝いをしているマリアの耳を引っ張った。

「い・痛!何するのよお父さ」

「(一体どういうことだ?なんでうちにソフィア嬢ちゃんが来てるんだよ!)」

エドの問いかけに、マリアはエドの耳元に手を当てて囁いた。

「(パンを買った帰りに広場の前を通ったら、噴水の所のベンチに座ってたのよ。どうもラドリック船長と喧嘩したみたいだったから連れて来たんだけど・・・・・お父さん何か知ってるんじゃないの?)」

「(まあ、心当たりはあるが・・・・なにもこっちに連れて来なくても)」

「(何言ってるのよ、あのままほっといたら、テムズ川に飛び込んでたかもしれないじゃない)」

「(おいおい、脅かすなよ)」

「(でも、ほんとにそんな感じだったわよ?)」

マリアの言葉にエドは頭を掻いた。親子の会話が終わったと思ったのだろう、料理を作っていたルシアが言葉をかける。

「あなた、とりあえずテーブルに座ってソフィアさんのお相手をしててくださいな。すぐに料理をお持ちしますから」

「あ、ああ・・・・・」

ルシアの言葉にエドはまた頭を掻くと、リビングに向かった。相変わらず、ソフィアは俯いたまま椅子に座っていた。エドは向かいの椅子に腰掛けると、恐る恐るソフィアに声をかけた。

「そ・・・ソフィア嬢ちゃん?」

「・・・・・・・・」

「あの・・・・ですね・・・・」

「・・・・・エドは知っていたの・・・?」

「は?」

「エドは・・・・お兄ちゃんが私を下船させるつもりだってことを知っていたの?」

「ああ・・・・そのことですか・・・・・知ってましたよ」

ソフィアの問いかけにエドは頷いた。

「元々、ぼっちゃんはソフィア嬢ちゃんが海に出るのは反対だったんですよ。実際、テオドラの舞衣装を見つけたときも例の幽霊船騒ぎの時も、嬢ちゃんが来るのを最後まで反対してたでしょ?」

「ええ・・・・・」

「ぼっちゃんは嬢ちゃんを危険な目にあわせたくないんですよ・・・・・それほど今回の出撃は危険なものなんでさ」

「・・・・・・・・」

「嬢ちゃんが納得できるように一つ昔話をしましょうか」

「え・・・?」

そういうと、エドはテーブルの上に両肘をついて、腕を組んだ。

「あれはまだ・・・・嬢ちゃんが船に乗る前の話でさ。あっしはぼっちゃんと一緒にこの北海で交易をしてやした。その時はまだぼっちゃんも駆け出しで、あっしから見ても頼りなかったんですが・・・・その時のうちの船にはぼっちゃんと同年代の水夫が一人居ましてね、カインという名前だったんですが、カインとぼっちゃんは不思議とウマが合いましてね。ぼっちゃんはカインの事を実の弟のように可愛がり、カインはぼっちゃんの事を実の兄のように慕ってたもんでさ」

「・・・・それで?」

「ある日、新しい交易ルートを増やす為にあっし達はバルト海に入ったんでさ。今でこそバルト海といっても怖くもなんともねぇが、昔は海賊の巣窟でしてね・・・・・リガで琥珀を満載して、ロンドンに戻ろうとしたその時・・・・あっし達は海賊に襲われたんでさ」

無言で聞き入るソフィア・・・・それを見て、エドは話を続けた。

「あっし達は必死に応戦してなんとか海賊を撃退したんですが・・・・その時、カインは海賊の剣を受けて・・・・・逝ってしまったんでさ・・・・カインは剣術がからっきしでしたんでね・・・・」

「!」

「ぼっちゃんは言ってました『俺の力が及ばない為に弟のようなカインを死なせてしまった。カインを死なせたのは俺の責任だ』とね。だから、嬢ちゃんが船に乗る事になった時もかなり悩んだみたいですよ?」

「・・・・・・そうだったの・・・・」

「あっし達水夫は自分の身を守る術は知ってますし、その力が無い奴はうちの船では雇わない事にしています。それがぼっちゃんの方針ですからね。恐らく、今度の戦いは総力戦になりやす・・・ぼっちゃんもあっしも生自分の身だけで精一杯でしょう・・・・ですから、ぼっちゃんは嬢ちゃんを船から降ろしたんですよ・・・カインの二の舞にならない為にも・・・・」

「・・・・・・・」

しばしの沈黙・・・・何かを考えているソフィアにエドは再び語りかけた。


「それに・・・・あっしが言うのも恥ずかしいですが、男って奴は帰れる場所や、自分の帰りを待ってくれている人がいると、そこに帰る為には全力を出すもんでさ。あっしにとってはそれがこの家・・・・そして、女房とマリアなんでさ・・・・だから嬢ちゃん、今回はぼっちゃんの為に待っていてあげてくれませんかね・・・・ぼっちゃんの帰ってくる場所に・・・」

エドはそう言うと、頭を掻いた。

「けっ・・・・がらじゃねぇなぁ・・・・恥ずかしいったらありゃしねぇ・・・」

「ふふふ」

頭を掻きながら恥ずかしがるエドを見て、ソフィアは微笑んだ。

「しょうがないわね・・・・じゃあ私がお兄ちゃんを待つ役買って出るわ。でも・・・・これって普通は恋人とかが待ってるもんじゃないの?」

「確かにそうですがね・・・・ぼっちゃんはそっちの方はさっぱりみたいですからねぇ・・・・お仲間の船長の十分の一でも女の扱いに長けてりゃあ良いんだが・・・」

「ふふふっ、ほんとにね」

顔を見合わせて笑うエドとソフィア・・・・その笑い声を聞きつけたのか、マリアが台所から湯気の立つ鍋を持って現れた。

「おっ待たせ〜、今日の夕飯はお母さん特製のシチューですよ〜」

「女房のシチューは最高なんでさ、今日はもう遅い、嬢ちゃんも食べて泊まっていってください」

「エド・・・・ありがとう、お言葉に甘えるわ」

そう言ったソフィアの顔には、笑顔が戻って居た・・・・・・




§4§



そして翌日・・・・ロンドンの沖合いにはイングランドの命運を担った船達が浮かび、波止場にはたくさんの見送りの人間が居た。その中にはエドの妻のルシアやマリア・・・・そしてソフィアの姿があった。

「エド・・・・迷惑をかけたようだな・・・・」

舷側から波止場を見ていたラドリックが、傍らに立つエドに言った。

「何言ってるんですかい、嬢ちゃんはちゃんとわかってくれましたよ、あっしは何にもしてません」

「そうか・・・」

「ですがぼっちゃ・・・いや、船長」

エドはラドリックの方を向くと、真剣な視線を投げかけた。

「ソフィア嬢ちゃんの為にも・・・・生きて帰りましょうぜ」

「ああ・・・・・」

エドの言葉にラドリックは頷くと踵を返した。

「各員出航準備!洋上でライザ達と合流した後、北上するイスパニア艦隊を迎撃する!!」


「アイ・サー!」

それぞれの思いを込めてBand of lightの帆は風を受けて膨らむ・・・・・その行き先が勝利であるか敗北であるか・・・・・それはまだ誰にもわからなかった・・・・・



It will continue next time.
posted by ラドリック at 14:40| Comment(5) | TrackBack(0) | ラドリックの航海日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>お仲間の船長の十分の一でも女の扱いに長けてりゃあ良いんだが・・・

大丈夫、負けてませんよ、ラドリック卿(ぇ
Posted by Science at 2007年01月27日 19:59
>サイさん

誰に負けてないのかが気になりますが、私は文
章の通りなのですよ?(ぇ
Posted by ラドリック(管理人) at 2007年01月30日 21:17
誰のことを言ってるのか、カフェの面子なら判るんじゃ?

あまり否定していると、腐女子の方々から薔薇色に染め上げられますよ?(ダマレ
Posted by ランフィード at 2007年01月31日 08:12
カフェの面子じゃなくても、数人思い当たりました(笑)
Posted by ケイロン at 2007年02月05日 11:18
なんで・・・なんでその一言だけにコメントす
るんだ・・・orz

>ランさん

私は薔薇色に染められる理由はありません!染
められるのはみんなに囲まれた某紳士で(ぇ

>ケイロンさん

カフェ以外の面子・・・・今度じっくり聞かせ
てもらいましょうか(笑
Posted by ラドリック(管理人) at 2007年02月05日 20:25
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