2007年09月16日

老兵は死なず §前編§

§1§



「すいません、この造船所にホセと言う人はいらっしゃいますか?」

「ホセは俺だが?」

造船所の喧騒の中に聞こえた控えめなその声に、一人の船大工が作業の手を止めた。その男は造船所の親方らしく、赤銅色に焼けた顔を声の方に向ける・・・年の頃は50前後だろうか、その顔には深い皺が刻まれていた。

「貴方がホセさんですか?私はAbelと申します」

ホセの前に現れた男はそう名乗ると頭を下げた。その男は長い髪を無造作に垂らし、質素な修道衣を身に纏っている。そして、その胸には鈍く光るロザリオがかけられていた。

「・・・・俺には神父の知り合いはいないんだが・・・・」

ホセは戸惑いながらそう言った。その目には不審の色が浮かぶ。

「もちろん私とホセさんは知り合いではありません。ホセさんは海事ギルドに依頼を出しませんでしたか?」

「ああ、確かに依頼を出したが・・・もしかしてあんたが?」

「ええ、海事ギルドの方で依頼を受けましたので、依頼人であるホセさんに詳しい話をお聞きする為に来させていただきました」

「・・・・・あんたがねぇ・・・・もう一回確認するが、海事ギルドから来たんだよな?」

「ええ、そうです。まあ、ホセさんが訝しがるのもよくわかりますけど」

ホセがそう言うと、Abelはにっこりと笑った。

「もしお時間があれば、依頼の件についてお話をお聞きしたいのですが・・・・」

「ああ、それじゃあ酒場で待っていてくれ。すぐにあとを追うから」

「わかりました。それではまたあとで」

ホセの言葉にAbelは頷くと、ホセに頭を下げて酒場に向かって歩き出した・・・



§2§



Abelと別れたあと、自分の徒弟に仕事の指示を出したホセは、Abelとの待ち合わせ場所である酒場の扉を開けた。酒場の中は夕方ということもあり、喧騒に包まれていた。

「お、親方いらっしゃい。今日は今日は早いですな」

カウンターに来たホセにマスターが声をかける。

「いや、今日は人と待ち合わせしてるんだが・・・若い神父さんが来てないか?」

その言葉に、横で客の相手をしていたロサリオがホセに答えた。

「ああ、ハンサムな神父様なら軍人風の若い人と一緒に奥のテーブルに座ってるわよ」

「若い軍人風・・・わかった、ありがとよロサリオ」

ホセはロサリオに礼を言うと、奥のテーブルに向かった。

「ホセさんこちらです」

ホセがテーブルに近づくと、Abelが席を立って迎えた。もう一人の若い軍人風の男も席を立って一礼する。ホセは手を上げて答えると、空いた席に座った。Abelと男もそれに倣う。

「すまない、待たせたな・・・で、こちらの軍人さんは?」

「ああ、この方は私の所属する商会の方で、ラドリックさんと言います」

ホセの質問にAbelが答える。

「イングランドの航海者、ラドリック・ガーランドといいます、どうぞよろしく」

その男・・・ラドリックはそう言うと、もう一度頭を下げた。

「ラドリック・・・どこかで聞いたような・・・・」

ホセは何かを思い出すように呟く・・・そして、何かに思い立ったようにテーブルを叩いた。

「ラドリック・ガーランド!まさか、キリングリュー伯爵の率いるイスパニアの艦隊をオポルト沖で撃破したって言うイングランドの軍人か!」

「・・・・確かにキリングリュー伯爵の艦隊を撃破・・・というか、殆ど相打ちですが・・・したのは俺の所属していたイングランドの迎撃艦隊ですが、今は一介の航海者です」

ホセの言葉にラドリックはそう言った。

「あんたの話は聞いてるぜ、あの時王宮から新造船の造船依頼が山ほど来たからな。あんたが船を沈めてくれたお陰で俺も儲かったわけだ。皮肉なもんだがな」

ホセはそう言うと笑った。

「あの・・・話の腰を折るようで申し訳ないのですが・・・・本題に入らせてもらっていいでしょうか?」

なおも喋ろうとするホセに、Abelが遠慮がちに言った。

「ああ、すまねぇ。本題って言うと依頼の件だな?」

「ええ、そうです。ギルドの方から聞いた話だと、人を探して欲しいとか・・・?」

「ああ、実は俺の幼馴染を探して欲しい」

「幼馴染・・・ですか?」

Abelの言葉にホセが頷く。

「俺は若い頃からこの街で船造りに没頭していた。だからこの歳まで結婚もせずにこのザマだ。だが、そいつはイスパニアの海軍に入り、各地の海を転々としている。俺は丘で船を造り、あいつは海で船を沈める・・・お互い商売とはいえ、因果なものさ」

ホセはそう言うと、俯いて溜息をついた。その姿は、多数の徒弟を抱える造船所の親方ではなく、一人の老人としての姿だった。

「そうですか・・・それで、その人のお名前は?」

Abelが問いかけると、ホセは顔を上げた。

「ああ、すまねぇ。そいつの名前はパブロ・アルベニスと言ってな、近々海軍を退役するらしいんだ。海事一本で俺と一緒で嫁さんも貰わず家族もいねぇ。何年か前に会った時には「辞めたあとは海から離れて執事でもやってのんびり暮らしたい」とか言ってやがったが、今の赴任先がわからねぇんだ。音信も不通だしな。それで、パブロが今どこにいるかを調べて欲しいって訳だ」

ホセはそう言うと、給仕が運んできた酒を飲んだ。

「わかりました。では私が責任を持ってパブロさんを探し出して見せます」

Abelはそう言うと、ホセに笑いかけた。

「頼むぜ神父さん・・・ラドリックさんもな」

ホセはそう言うと、ラドリックとAbelに頭を下げた。

「ええ、俺もAbelさんを手伝って、ホセさんにいい話を聞かせられるように努力します。それで、お聞きしたいんですが、そのパブロさんは海軍ではどのような役職に?」

ラドリックの言葉にホセは少し考えると、ラドリックに答えた。

「確か・・・俺が最後に会った時はバルバリア海賊に対抗するための艦隊の一艦長として、東地中海の警戒任務に当たると言っていた。あのあとすぐにレパント海戦が勃発したので、それには参加したんだと思うんだが・・・・」

「なるほど、では、王宮に行って聞いてみたらわかるかもしれませんね」

Abelがそう言うと、ホセは渋い表情で首をすくめた。

「それはどうだろうな・・・王宮の奴らは俺たち庶民には偉そうに振舞うからな。俺も二・三回パブロの行方を尋ねに行ったんだが、門前払いをくらったからな」

「確かに王宮という所はどの国でも敷居が高いですからね」

「お、神父さん話がわかるじゃないか」

Abelの言葉にホセが笑う。

「でも、誠意を持って話せば王宮の方も分かってくれるでしょう、同じ神の子なのですから」

「・・・・そう言うもんかねぇ・・・・」

「ま・まあ、取りあえず、王宮に行ってみる事にします。ホセさんは俺達からの連絡を待っててください」

ラドリックはそう言うと、神について語りだそうとするAbelを引きずるように酒場を出て行った。

「・・・・ほんとに大丈夫かねぇ・・・・」

一人残されたホセは、酒を飲みながらそう呟いた・・・



§3§




「パブロだと?そんな者は知らん、帰れ帰れ!」

門番はAbelとラドリックにそう言うと、手で追い払うような仕草をした。ホセと別れたラドリックとAbelは、早速王宮に来ていたのだった。

「ちょっと待ってください!人がこうやって頼んでいるのに、邪険にする事はないでしょう!」

「Abelさん!」

そう言って今にも門番に突きかかりそうなAbelをラドリックは後ろから抑えた。ラドリックはAbelの前に出ると、門番と向き直る。

「貴方も門番という仕事が忙しいのがわかるが、人が物を尋ねているのに、邪険にする事はないだろう?イスパニア海軍に所属しているアルベニスという人について何か知っている事があれば教えて欲しいんだ、何か知らないか?」

「我がイスパニア海軍の艦艇は全世界に散らばっておる、その一艦長の所在を、ただの門番の俺がわかるものか!」

門番はそう言うとそっぽを向いた。

「ならば、軍の関係者に面会を」

ラドリックが門番に言おうとしたその時、王宮の門が重い音を響かせながら開き、中から軍服に身を包んだ壮年の男が出てきた。

「王宮の門の前で何を騒いでおるか!」

「申し訳ありません、この者達が我が海軍のアルベニスなる者の所在を教えろとしつこく聞いてきたもので・・・」

「・・・・・アルベニス殿の?」

男の言葉に門番が説明をする。

「貴方はアルベニスという方について何か知っておられるのですか?」

Abelの言葉に男はラドリック達を一瞥すると、口を開いた。

「・・・・見たところ、二人ともイングランドの人間のようだが、アルベニス殿に何の用だ?」

「実は、アルベニスさんの幼馴染の方に頼まれて、アルベニスさんの行方を捜しているのです」

「・・・・なるほど、我が海軍にはアルベニスという名前の軍人は何人か居るが・・・お前達が探しているのがパブロ・アルベニス殿であるならば、もう会うことは叶わん。帰りたまえ」

Abelの言葉に男はそう言うと頭を振った。

「どういうことですか?アルベニスさんが居る場所を知っているというのなら教えてください!」

男を問い詰めるAbel・・・男はAbelを振り払うように手をかざした。

「どうにもならんのだ!もう間に合わん・・・・」

「・・・・・失礼ですが、貴方の仰り様を聞くと、アルベニスさんが死地に向かったように取れますが・・・・?」

ラドリックが男に問いかける。

「・・・・パブロ・アルベニス殿は、今から一週間後にアルジェ沖に停泊しているバルバリア海賊の艦隊に玉砕覚悟の突撃を敢行する。アルベニス殿の指揮する艦艇は3隻、バルバリア海賊の艦隊は約10隻・・・・生きて戻っては来れんだろう・・・」

男はそう言うと、地面に視線を落とした。

「何故そんな無謀な攻撃を!?」

「仕方ないのだ・・・レパント海戦の勝利のあと、我が国の注目はもはや地中海にとどまらず、カリブ海や香料諸島などの新天地に向いている。その為戦力は分散され、残った艦隊に対する十分な支援ができないでいるのだ。その為、アルベニス殿はバルバリア海賊相手に苦戦を強いられている。しかし、海軍上層部はその苦戦を支援不足のせいとは言わず、アルベニス殿の指揮能力不足だと言って、アルベニス殿に勝利を要求したのだ・・・」

ラドリックの言葉に男が答える。その顔には苦渋の表情が浮かんでいた。

「ならば、貴方が救援に出向けばいいではないですか!同じ海軍に所属する仲間なのでしょう?戦友なのでしょう?」

Abelの言葉に男は苦渋の表情を一層濃くした。

「できるものならばしている!だが、軍という組織はそういう事ができない所なのだ!俺もできる事ならば艦長を・・・アルベニス殿の救援に赴きたい・・・しかし、俺は今カリブへの赴任の勅命を頂いたばかりなのだ・・・!」

「まさか・・・貴方はアルベニス殿の下で・・・・・?」

男の言葉にAbelが呟く。

「・・・・ああ、アルベニス殿は俺の元の上官だ。俺はあの人の下で副官としてレパント海戦を戦った。だからこそ、できるものならアルベニス殿を助けたい・・・しかし、俺一人の個人的感情で勅命を無視する事はできんのだ!」

「・・・・・・」

男の言葉にラドリックとAbelは沈黙した。重苦しい空気がその場を支配する。

「自分で救援する事も叶わぬ・・・・上層部に救援を繰り出すように上申したが、それも却下された。海事ギルドに依頼して、傭兵を募ろうかとも考えたが、報酬もなしで動く者など・・・・・」

男のその言葉にAbelは決意の表情を浮かべると、男に言葉をかけた。

「それなら・・・・それなら私がアルベニスさんの救援に向かいます!」

「Abelさん!」

「!!」

Abelの言葉に驚く男とラドリック。

「失礼だが・・・・神父殿に救援が務まるとも思えん。アルジェ沖に停泊しているバルバリア海賊の艦隊は、ハイレディンが率いていないものの、バルバリア海賊の主力の一翼を担う艦隊だと聞いている。あたら若い命を粗末にする事はない」

「そんな事はやってみなければわかりません!私は希望の光が一条でも差している以上、アルベニスさんを見捨てるわけにはいかないのです!」

「神父殿・・・・」

男の言葉にAbelが反論する。

「アルベニスさんの指揮する艦艇が3隻、私とAbelさんの船を足せば5隻。バルバリア艦隊の艦艇の数が正しければ、1隻で2隻を相手にすれば良い訳です。1隻で3隻を相手にするよりはいいでしょう」

「ラドリックさん・・・・・」

ラドリックの言葉にAbelがラドリックを見る。男はAbelとラドリックの顔を交互に見ると、頭を下げた。

「・・・・・どうかお願いする・・・・アルベニス殿を・・・艦長を助けてくれ」

「ええ、わかりました」

「貴方の思いに答える為にも、全力を尽くしましょう」

ラドリックとAbelは男に一礼すると、王宮を背に、出航所への道を歩き始めた・・・・




It will continue next time.
posted by ラドリック at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラドリックの航海日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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