2008年06月24日

亀裂 §後編§

§1§



「・・・・なんでってんだ、どいつもこいつもよ・・・・」

ディックはそう呟くと、グラスの中の酒を一気にあおった。喉に焼けるような痛みが走るが、ディックはお構い無しに飲み続けた。

「船長も船長だ、あんな奴をいきなり副甲板長にするだと・・・?」

ディックは酒瓶からグラスに酒を注いだ。Band of lightを後にしたディックは、丁度ロンドンから出航する商船に強引に乗り込むとコペンハーゲンへと向かった。何かあてがあったわけではない。ただロンドンから離れたかっただけだった。そして、コペンハーゲンで船を下りたディックは酒場に入ると、酒場の隅で酒瓶を抱えて飲んだくれていたのである。

「ロイの奴は俺と組むより冒険を選んだ・・・そりゃ、俺だってわかっているさ、確かにロイよりあの女の方が腕は遥かに上だ・・・だがよ・・・」

ディックは酔眼でグラスに注がれた酒を見ると一気に飲み干した。そして空のグラスに酒を注ぐ。

「俺とロイは・・・・昔から・・・そう、昔から一緒にやってきたんだ・・・・そう・・・あの時も・・・・」





§2§



「兄貴・・・・もうやめときましょうぜ?」

「うるせぇ!こんな優男に負けたままで帰れるか!」

ロイの言葉にディックはそう言うと、テーブルに配られたカードを手に取った。そして、カードを見ながら正面に座っている男を見た。その男は微笑を浮かべながらディックを見ていた。

(なんでぇこいつは・・・人の事をジロジロ見やがって)

ここ2・3日、ディックとロイは酒場に入り浸っていた。長期休暇を取っていると周りには言っていたが、実際は所属しているフリゲート艦に配属された新任の副航海長と喧嘩をして飛び出したのが真相だった。そして、ディックを兄のように慕うロイは、ディックが心配でついてきているという訳だった。そして、酒場の常連とポーカーに興じている時に、目の前の男が仲間に入れてくれと声をかけてきたのである。最初は勝っていたディックだったが、形勢は次第に男の物になっていた。

「俺は3枚チェンジだ!」

ディックはそう言うと、場に三枚カードを捨てて山からカードを三枚取った。出来上がった役はエースのスリーカード。

「じゃあ俺は二枚チェンジだ」

男はそう言うと、場に二枚カードを捨てて山からカードを二枚取った。その表情からはどんな手を張っているのか読み取れない。

「賭け金はいくらにする?」

「そちらのお好きなように」

ディックの言葉に男は微笑みながら答える・・・その表情や仕草がディックの神経を逆なでた。

「余裕こきやがって!じゃあ500ドゥカードだ!!」

ディックはそう言うと、ドゥカード金貨の入った皮袋をテーブルの上に乗せた。

「兄貴!それは兄貴のお袋さんへの仕送」

「ロイ!おめぇは黙ってろ!」

ディックは後ろに立っているロイを一喝すると、男の方を向いた。

「さあ兄さん!勝負だ!」

ディックはそう言うとテーブルにカードを広げた。

「俺はエースのスリーカードだ!」

自信たっぷりに言い放つディック・・・しかし、その自信は一瞬で崩される。男が無言で置いたカードはフルハウスだったからだ。

「どうやら俺の勝ちのようだな」

男はそう言うと、ディックの置いた皮袋に手をかけた。

「ちょっと待て!納得いかねぇ!」

ディックはそう言うと、男の腕をつかむ。

「おいおい、俺はいかさまも何もしてないぞ?勝負は時の運だ。今回は君に運がなかったんだろう、その手を離してくれないか」

「いや、絶対おかしい。あんたなんかやっただろう!」

腕を放さないディックは男は呆れた表情を浮かべると、皮袋から手を離した。

「だから俺は何もやってない、だが納得行かないようなら、もう一度勝負するか?俺は別に構わんが・・・」

(しめた!)

その言葉にディックは内心でほくそ笑んだ。

「じゃあカードはやめだ!」

ディックはそう言うと立ち上がり、腰の剣を抜いた。

「あんたも船乗りなんだろ?じゃあ剣で勝負だ。腰の剣は伊達なんて言わせねぇぜ!」

ディックは剣の切っ先を男に向けてそう言った。その様子に周りの客が一斉に引く。

「おいディック!ここでの喧嘩はご法度だぞ!」

「マスター心配するなよ、これは試合さ。おいロイ!テーブルと椅子をどけろ!」

ディックの言葉にロイが周りの椅子とテーブルを動かす。流石に血の気が多い船乗り達が集まる酒場である、面白い見世物だと観衆が集まり、即席のリングが出来上がった。

「どうだ!ここまでお膳立てしたのに受けないじゃ男が廃るぜ!なあ、みんな!」

男に試合を受けさせる為にディックが観客を煽る。

「そうだそうだ!兄さん、やってみろよ!」

「一流の船乗りは剣の扱いも一流じゃねぇと勤まらないぜ!」

「・・・・・しょうがないな、予定とは違うがまあいいか・・・・」

周りの野次に苦笑しながら男は呟くと、腰の剣を抜いた。

「いいだろう、君がそれで納得するなら相手になろう」

「そうこなくちゃな、おい、ロイ!」

「はい!」

ディックの呼びかけにロイは二人の間に立った。

「試合方法は剣、相手を降参させるか、相手の剣を使えなくした方を勝ちとする!両者構えて!」

ロイの言葉に二人は剣を構える。それを確認したロイは、手を上に上げ一気に振り下ろした。

「はじめ!!」




§3§




「ほら!どうした優男さんよ!」

合図と共に先に動いたのはディックだった。ディックは矢継ぎ早に剣を繰り出すと、男に向かって一気に攻め込んだ。しかし、男はディックの剣をことごとく受け流す。

(こいつ中々やるじゃねぇか・・・・剣捌きからすると正規の剣術を学んでやがる・・・・一体何もんだ?)

ディックは剣を繰り出しながら考えた。

「受けてるばっかりじゃ勝てねぇぜ!これはどうだ!」

ディックはそう言うと、一歩踏み込んで強い斬撃を繰り出した。力の篭った斬撃が男を襲う。

「くっ!」

男はその斬撃を剣を横にして受け止めた。しかし、ディックの力を完全に受け流す事ができず、床に片膝をつく。

「それみろ、力の差は歴然だ、そろそろ降参したらどうだ!」

ディックは男を剣ごと押し倒そうと力を込める。男はディックの言葉を聞くと不敵な笑みを浮かべた。

「君は戦場に出てもそんな余裕を浮かべて敵に情けをかけるのか?確かに力は君の方が強いだろうが、俺はまだ負けちゃいないぞ?そんなごたくを並べる前に俺を倒してみればどうだ?」

「こ・こいつ!望みどおり倒してやるよ!」

男の言葉にディックは激昂すると、剣を大きく振りかぶった。そして一気に振り下ろす。

「・・・・甘いな」

男は振り下ろされる剣に向かって自分の剣を合わせるように振るった。二つの剣が交差し、剣同士が当たる鈍い音が酒場に響き渡った・・・・




§4§





「な・なんだって・・・・」

ディックは痺れた腕を抑えながら床に両膝をついた。二人の剣が交差したときにディックの剣は弾き飛ばされ、後ろのテーブルに突き刺さったのだ。

「確かに君は強い、剣の腕も確かだ。だが、心に慢心がある限りは俺には勝てない」

男はそう言うと、剣の切っ先をディックに向けた。

「どうする?まだやるか?」

「・・・・俺の負けだ、好きにしやがれ!」

男の言葉にディックは答えると、床に大の字に寝転んだ。

「そうか・・・・だが、君の相棒はまだやる気みたいだがな」

男はそう言うと後ろを振り向いた。そこには震えながら剣を構えるロイの姿があった。

「やめろロイ!お前の敵う相手じゃねぇ!」

ディックはロイに向かって叫んだ。しかし、ロイは首を振ると男に剣を向けた。

「このまま兄貴を馬鹿にされたままこいつを帰す訳には行かねぇ!兄貴は今日は調子が悪いだけなんだ!俺の尊敬する兄貴、イングランド海軍所属のフリゲート艦の副甲板長を張るディック・ウォレンがそう簡単にやられるわけがないんだ!」

「ロイ・・・・・」

ロイの叫びを聞いたディックが項垂れる・・・その時、酒場の入り口から一人の男が現れた。

「ロイ!そこまでだ!」

ロイがその声に振り向く。

「レイモンド副航海長・・・・・!?」

レイモンドと呼ばれた男はロイの横に立つと、ロイの肩を叩いた。

「久しぶりだなロイ、ディックも元気そうだな」

「副航海長・・・・なんでここに?」

ディックの言葉にレイモンドは頷いた。

「ああ、実はお前達が軍を飛び出したと聞いてな、ここじゃないかと思って探しに来たんだよ」

「副航海長、俺は別に飛び出した訳じゃ・・・」

「俺に隠しても無駄だぞ?どうせ新任の副航海長と揉めたんだろ」

ばつが悪そうに頭を掻くディックにレイモンドはそう言うと笑った。

「でも副航海長はもう海軍には関係ない人じゃないですか、なんで俺や兄貴の事を探してたんです?」

「ああ、それだがな」

ロイの言葉にレイモンドは答えると、男の前に立った。

「船長も人が悪いですね。私が来るまで待っていてくれと言ったのに」

「待ってくれレイモンド、俺から仕掛けたんじゃないぞ?ディックが先に勝負を挑んできたんだ」

レイモンドの言葉に男は手を振って答えた。

「・・・・?副航海長・・・これは一体・・・・・?」

状況が飲み込めず呆然とするディック達にレイモンドは振り向いた。

「俺が知り合いの紹介で民間の船の航海長になったのは知っているな、この人は俺が航海長を勤めている船の船長なんだよ。実を言うと、お前を探しているのは俺でなく船長でな」

「な・なんだって?」

「黙っていて悪かったな。俺はレイモンドの乗っているイングランド船籍の商船Merchant roadの船長をしているラドリック・ガーランドという」

その男・・・ラドリックはそう言うと、ディックに手を差し伸べた。ディックはその手を取ると立ち上がった。

「しかし、なんだってその船長さんが俺に用があるんだ?」

「ああ、それはだな」

「レイモンド、俺が話そう」

ラドリックは答えようとするレイモンドを制すると、言葉を続けた。

「ディック、君は軍の方から一般のの航海者にも大海戦に参加しろという布告が出たのは知っているか?」

「ああ、聞いてるぜ、どの国も戦力不足だから大海戦に参加する船を募集しているってんだろ?」

ディックの言葉にラドリックは頷くと、さらに言葉を続ける。

「俺は親父の跡を継いで交易を主にしていたんだが、ある程度の資金も貯まってきたし、今回新しく軍船を新造しようと思ってな。それで航海長のレイモンドに優秀な甲板長候補がいないかと聞いたら君の名前が出てきたんだ」

「俺が優秀な甲板長候補?それは副航海長の見込み違いってもんだ。あんただってわかっただろ?俺はあんたに完敗したんだぜ?」

「確かに俺は君に勝った。しかし、剣の技術にそんなに差はないはずだ。さっきも言ったが、要は気の持ちようさ、慢心しなければ君はいい甲板長になると思う・・・まあ、俺もまだまだ駆け出しだから人の事は言えないがな」

ディックの言葉にラドリックはそう答えると穏やかな笑みを浮かべた。

「軍を抜けるには色々な手続きがあるだろうし、君の意向もあるだろうから無理にとは言わないが・・・もしよければ俺の船に乗ってくれないか?勿論甲板長として」

「どうだディック、俺ともう一回組んでみないか?今度はお互い副航海長と副甲板長としてではなく、航海長と甲板長して」

ラドリックとレイモンドの言葉にディックは少しうつむいて考えると、ロイの方を見た。

「兄貴、いい話じゃないですか!いつも兄貴は言ってましたよね?「俺はいつか尊敬できる船長と信頼できる仲間のいる船で甲板長になって、イングランドの為に戦うんだ」って。副航海長・・・じゃないや、レイモンドさんは信頼できる人ですし、そちらのラドリック船長はいい人みたいだ、それに今のまま軍に残ったっていい事はありませんぜ」

「ロイ・・・・」

ディックはロイの言葉を聞いて覚悟を決めたのか、ラドリックとレイモンドの方に向き直った。

「ラドリックさんとか言ったな、あんたの申し出を受けたいと思う」

「それじゃあ・・・」

「ああ、だが一つだけ条件がある。これを飲んでくれないなら俺はあんたの下では働けねぇ」

「・・・その条件とは?」

「俺を甲板長として雇ってくれるのなら・・・・ロイも雇ってくれ、副甲板長としてな」

「兄貴!ちょっと待ってくれ!」

ディックの言葉に一番驚いたのはロイだった。ロイはディックの横に来ると、自分の顔の前で慌てて手を振った。

「俺は副甲板長って柄じゃねぇし腕もない。副甲板長なんて無理だよ!それにラドリックさんは兄貴を雇いたいって言ってるんだ、俺は関係ないでしょ!」

「関係ねぇことはねぇ!」

ディックはロイに怒鳴ると言葉を続けた。

「俺はお前と今まで一緒にやってきたんだ。そう・・・ミドルトン家の船で新米水夫だったときからな!俺の事を一番わかってくれているのはお前だ、だから、何処に行こうともどの船に乗ろうとも俺とお前は一緒なんだよ!」

「兄貴・・・・・」

ディックの言葉にロイが涙ぐむ・・・・

「ラドリックさん、俺を雇ってくれるならロイの奴も一緒に雇ってくれ、頼む」

ディックはそう言うとラドリックに頭を下げた。

「ラドリックさん、兄貴はああ言ってますが、俺には副甲板長なんて務まりません。だけど兄貴の傍に居たいんです。一水夫でもかまいません、どうか兄貴と一緒に俺を雇ってください!」

ロイもそう言うとラドリックに頭を下げた。

「おいおい、俺の方から船に乗ってくれと頼んでるんだ、君たちが頭を下げるのは筋が違う」

「それじゃあ・・・」

「ああ、ロイと言ったかな?勿論君にも俺の船に乗って欲しい、副甲板長としてね」

「いや、俺はそんな器じゃ・・・」

「いいかい?ディックは君の事を信頼している。甲板長の仕事は多忙を極めるはずだ、だから気心の知れた君が副甲板長としてディックの補佐をしてくれれば俺は安心なんだよ」

ラドリックはそう言うと、レイモンドの方を見た。

「俺はまだまだ駆け出しだ。操船に関してはレイモンドに頼りきっているし、他の事ではエド・・・ああ、俺の副官・・・というかお目付け役の航海士なんだが、そのエドに頼りきっている。だから、なにかの時に頼れる人がいるっていうのはどんなに頼もしいかと言うのはよくわかるんだ」

ラドリックはそう言うと視線をロイに戻した。

「だからロイ、君にもお願いするよ。どうかディックと一緒に俺の船に乗ってくれ、そして副甲板長としてディックを助けてあげて欲しい」

ラドリックはそう言うとロイに頭を下げた。

「ラ・ラドリックさん困りますよ、わかりましたから俺なんかに頭を下げないで下さい!俺に勤まるかどうかわかりませんが兄貴と一緒にお世話になります!」

ロイはラドリックにそう言うと慌てて頭を下げた。

「どうやら決まりのようだなディック。ロイが腹を決めたんだからお前も腹をくくれ!」

レイモンドはそう言うとディックの肩を叩いた。

「ああ、わかったよ副・・いや、レイモンド航海長。そして・・・ラドリック船長、俺とロイをどうかよろしくお願いします!」

ディックはそう言うと、ラドリックに頭を下げた・・・・・





§5§



「そうだ・・・・あの時から俺は何も変わっちゃいねぇ・・・それなのに・・ロイも船長も・・・・」

ディックはそう言うと、空になったグラスから手を離した。その目は暗くよどみ、何も映していなかった。

「なんで・・・なんでなんだよ・・・ロイ・・・船長・・・・」

ディックはそう呟く・・・・そしてディックの意識はまどろみの中へと落ちていった・・・・その身に迫る危険を知る事もないまま・・・・






§次回予告§



暗く狭い部屋に灯る明かり・・・ディックに見えるのはその光だけだった。数々の因縁が渦巻く北欧の海で、すれ違った心は再びめぐり合う事ができるのか?

次回彷徨えるイングランド人『因縁再び・・・』

七つの海を駆ける航海者の物語が、またひとつ紡がれる・・・・
posted by ラドリック at 00:10| Comment(4) | TrackBack(0) | ラドリックの航海日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何に繋がるんだろう?
続きが気になる。楽しみだねぇ^^
Posted by 真名 at 2008年06月24日 12:16
新作キタ━━(゜∀゜)━━!!!!!

相変わらずラドリック様の格好いいこと…
まさに正統派ヒーローですね。
§3§からの決闘シーンの描写もお見事。
シーン冒頭で「さすが受けのラドリックと名を馳せるだけはある」と読者は皆思ったことでしょう。
(剣術的な意味ですよー)


Posted by Julian at 2008年06月26日 00:33
Posted by fuugo at 2008年10月29日 23:15
コメントが遅れてすいません・・・・


>真名さん

長年の因縁に決着をつけるべく、運命の歯車は回り始めましたよ〜(大げさ

>Julian卿

受け・・・受け・・・私が腐っているのですかねぇ・・・別の意味に取れますorz

>fuugoさん

ぬこ卿かわいいよ、ぬこ卿w
Posted by ラドリック(管理人) at 2008年11月09日 22:01
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